浅間ツインショックエンデューロ参戦記録

       昔の事で詳細なリザルトのいくつかは見つからないので
       覚えてる範囲を2ページに要約し纏めています。一様に 
       これが私にとっての浅間ツインショック時代と言えます。  
       私にとって初期の頃はマシントラブル続きで大変でした。
       整備の未熟さ、空冷2ストに負担をかけるライディングの
       未熟も要因でした。しかし顔見知りの参加者が集まる
       レースの雰囲気が好きでした。とても懐かしく、忘れえぬ
       イベントでした。ここに集まったレーサー達が今、どこか
       で別のツインショックイベントに出ている姿を想像しては
       早くそこに帰りたくなる。これがノスタルジックな気分と
       いうものか?。XLのレストア作業完成を今年も急ごう!。  

               @カワサキKE125による参戦
       第1回ツインショックエンデューロ参戦時はカワサキKE125
       保安部品外す直前のKE125。自走はこんなタイヤで出るしかない・・・
       で参戦しました。多くのエンスージャストが、70年代のいで
       たちで集まるに違いないと勝手に誤解していた私は当日、
       黒い革ジャンと黒いロードブーツに身を固め意気揚々とKE
       で自走参加しました。すると・・そんな格好で来ている選手
       は誰もいなかった!。しまった!。えらく浮いてる気が・・。
       せめてもの救いはモトパンだけは履いていた事。皮ズボン
       を持っていたら履いてたに違いない。この点、救われました。
       レースは雨も降っていてマディーで瞬く間にロードブーツが
       死に、脚は気持ち悪いは上着まで水を吸って気色悪いは
       序盤から最悪でした。でも順位は1時間半経過までは総合
       6位、クラス1位をマークし続けました。直後に、マシンが死
       んで7位でした。とりあえず、乗って帰ることは出来ました。

               AスズキTSシリーズによる連戦
       第2戦はTS125ハスラーで参戦し青葉商会ワークス結成後
       の第1戦でした。メット以外は通常の格好で出場しました。  
       TS125レーサー。21インチ化したが23インチと並ぶとこう見える。
       マシンは5千円です。この日は天気も良くハスラーも腰上オ
       ーバーホールしたので具合良くクラス優勝を果たしました。
       それと3時間を1人で走ったのが125クラスでは私だけだった
       のでもう一つ賞を頂けた上にBGで有名な仁さんが握手をし
       てくれて最高でした。それ以降の2戦はマシントラブルが出て
       前回の125は点火系不調に、次いでTS250は転倒でスロット
       ルケーブルが潰れて全開でアクセルが戻らなくなり高いギヤ
       に入れて自動操縦でした。私は自走参加していた為「果たし
       て家まで無事に着けるで賞」を頂きました。皆帰ってしまった
       コースで懐中電灯の明りを頼りに8時近くまで修理しました。
       これで決意してトランポを買いました。TS125同型をもう1台手
       に入れたら今度はクラッチがマディーでパンクし、ヌタ場を押し
       て戻る羽目に。後は見物してました。この頃他の選手からは
       「回を重ねる毎に落ちてくな〜」と言われる始末。情けない。
       マシンのフルモデルチェンジを決意して第6戦で新型ケース
       リードバルブの77年型ハスラー125を投入しました。今度は
       後期型ハスラー。加速フィールが楽しい。
       カミソリの様な切れ味で加速する高回転型でした。体感的に
       はレーサーの様で「次は勝てる!」と実感。秘密兵器でした。
       2位確実という位置でトップを追っていましたが、終盤止まって
       終りました。今度はイグニッションコイル本体の破損でした。

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