③カワサキ250TR(F11)による参戦
93年10月の第7戦はカワサキ250TRを投入しました。長年
探したF11なのでレースでの使用を悩みましたがとりあえず
使いました。結果27台中6位。悪くも無いが入賞でもない。
この回は、あるバンクコーナーで杭に肘がぶつかるラインを
使っていました。戦闘マシン化してる私は痛みを受けても
気合が充填されたと喜んでるので(まさに変態ですな・・・)
何度も何度もぶつけまくった結果、帰ったら入院と手術が
待っていた。肘頭滑液胞断裂とか。先生にはこりゃ酷かっ
たと言われ、最低2年間は軽くぶつけても破れると注意が
有り、爆弾まで抱えてしまった。まさしく馬鹿である・・・・・。
次回に備え外装式エルボーパッドを追加入手しておいた。
④カワサキ125TR(KS125)による参戦
車体、サスでXL、KLに対しTRでは駄目と判断し第8戦は
125クラスに戻りKS125で出ましたがレース中にエンジン
始動不能に。9戦も続投でした。レース前の調子は充分に
出ていたのにスタート直後に始動不能でした。キャブに錆
が落ちて詰まっただけと判り後半だけ走り回ってました。
この頃、主催者側では125、250混走の旧式クラスとして
ビンテージアイアンクラスを新設し旧式勢はそこに移りま
した。連続マシントラブルのKS125参戦が不安だったので
渡りに船でした。この時点までマシントラブル無しで走り
切れたのは2回。普通にレースしたい。これが悲願でした。
250TRは故障兆候まだ出てないのが最大の希望でした。

デマカタログ第2弾 250TRアサマスペシャル・最終モデル
資料提供 南信TRレーシングクラブ レーシングライダー Mr,杉
⑤カワサキ250TR(F11)による連戦
第10回以降より250TRを常に連続投入しました。第10回
はスタートラインに並んだ時、リヤがパンクしておりました。
目の前が暗くなりました。修理し、20数分ロスにより敗北。
しかし第7戦同様、エンジン絶好調でTRに希望が出ました。
第11回でようやく2位、第12回は3位、この後リヤサスから
オイルが漏れ、スプリングのへたりが発覚し直前間に合わ
せで750RS用のコニーを着けて出た第13回はリヤが全然、
動かずグリップしないので吹っ飛びそうでした。中盤よりCB
750FOURのリーンインを持ち込んで追い上げ何とか逆転し
2位、第14回はKE125最終型の新品リヤショックで完全に
仕上がったはずだったけど、スタートラインに降りると既に
1周目が終り先頭のレーサーが戻ってくる状況で出走する
ヘマをやらかし、ここから追い上げラスト10分に突入後に
2位に浮上。トップのK選手まで残り50メーターまで追い上
げた所で力及ばず悔しい敗北でした。第15回はスムーズ
に走りきり優勝でした。以降は参加台数の減小化に伴い、
クラスが統合され、XL,KLを相手の闘い。上位3位に食い込
めずに何戦か消化。この後運送事業や宅配会社の関係で
エントリーできない事も起きだしました。この頃には2ヒート
制のツインショックモトクロスとなっていて第23回には久々
に3位に浮上したものの、第24回でフロートのパンクにより
ヒート1のゴール手前でエンジンストップ。この日、後半戦
辞退を覚悟せざるを得ずでしたが、数人のレーサー達が
開始直前、皆で手分けしてキャブの応急処置を施して送り
出してくれました。改めてこのレースに集まるエントラントの
方々に「じ~ん」ときました。レースやってて良かった・・・。
途中まで何周か走り、最後は押しましたがゴールの時には
上から皆で声援を送ってくれてたとの事でした。この場を借
りて改めて御礼申し上げます。決して忘れません。この後の
最終戦が仕事で見届けられなかった事は無念でした。
長らくのお付き合いありがとう御座います。
どこかのレースでお会いしましょう!。